大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和30年(ナ)6号 判決

原告 金子道雄

訴訟代理人 和智昂 外四名

被告 佐賀県選挙管理委員会

代表者委員長 原憲治

訴訟代理人 吉浦大蔵

補助参加人 木村宇太郎

代理人 諫山博

主文

昭和三〇年四月三〇日執行の唐津市長選挙の当選の効力に関する補助参加人の訴願について、被告が昭和三〇年九月二八日なした原告の当選を無効とする旨の裁決を取消す。

訴訟費用中、参加によつて生じたものは補助参加人の負担とし、その他は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項と同旨並びに訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和三〇年四月三〇日執行の唐津市長選挙に立候補し、同年五月一日の選挙会において当選人と決定され、同月二日午前一一時頃唐津市選挙管理委員会から当選の告知を受けた。同委員会が当選の告示を終えたのは同日午後五時頃である。

二、しかるに補助参加人木村宇太郎は同月九日唐津市選挙管理委員会に対し原告の当選の効力に関する異議の申立をしたが、同月二五日同委員会から異議を棄却する旨の決定を受けたので、さらに同月二八日被告に対し訴願を提起したところ、被告は同年九月二八日原決定を取消し原告の当選を無効とする旨の裁決をした。

右裁決の理由は、原告は当選人決定当時佐賀県モーターボート競走会(以下「佐賀県競走会」という)の会長理事であつて、同競走会は唐津市に対し地方自治法第一四二条にいわゆる請負をなす法人であるが、原告は公職選挙法第一〇四条所定の期間内に同条所定の届出をしなかつたから、当選を失つたものである、というのである。

三、しかし、原告は昭和二六年一二月佐賀県競走会の設立以来同会の会長理事をしていたが、市長に当選の上は市政に専念するため同競走会の会長理事その他公的役職を辞任する考で、市長に立候補する当時その意思を表明していたので、昭和三〇年四月三〇日の本件選挙の投票日に投票をすませて、当時原告が社長をしていた昭和自動車株式会社に行き同会社社長秘書室において、同会社の社長秘書で且つ佐賀県競走会の専務理事を兼務していた中島太に対し、同競走会長理事を辞任する旨の意思表示をなしその形式上の手続を依頼した。そこで中島太は辞任届書を作成した上、翌五月一日午後一時頃これを同競走会理事長江永近に交付しようとしたところ、たまたま同人はモーターボート競走実施のため競走場本部に行つて不在であつたので、電話を以て江永近に対し昨三〇日原告から会長理事辞任の申出があつた旨を伝え、辞任届書は同競走会庶務係増本久枝に交付した。それ故仮に、佐賀県競走会長理事の職が地方自治法第一四二条所定の地方公共団体の長と兼務することを禁ぜられた職に該当するものとしても、原告は当選人決定前、遅くも当選告知前すでにその職を辞任していたのであるから、公職選挙法第一〇四条所定の届出をする義務がない。

四、なお又、地方自治法第一四二条にいわゆる請負とは、経済的意義における商取引で私経済的仕事又は貨物の供給を内容とし、且つ公職と兼務すると公職の執行の公正を期し得ないと思料されるものでなければならない。従つて一定の手数料又は報酬を受けて公務の執行の委任を受けることは同条の請負に該当するものではない。

しかるに、唐津市はモーターボート競走法に基き自治庁長官の指定を受け同市議会の議決を経てモーターボート競走事業を行つているものであり、又佐賀県競走会はモーターボート競走法に基き設立された公益法人で、同法の規定によりモーターボート競走の実施、その実施に関する調査研究、実施に必要な職員の指導養成等の事業を行うものである。そして唐津市は同法第三条の規定に基きその行うモーターボート競走の実施に関する事務のうち、審判及び競技に関する事項並びにこれに附帯する事項を佐賀県競走会に委任し、その他の事項はすべて唐津市が自らこれを行い、唐津市は法定の限度内における勝舟投票券の売上金の一〇〇分の五に相当する金額を佐賀県競走会に交付しているのである。かように佐賀県競走会が唐津市の委任によつて行う事項は審判及び競技に関する純技術的事項に限られ、その他の事項、ことに入場券及び勝舟投票券の発売、賞品及び賞金の支給等の経済的行為は唐津市が直接これを行い、且つ佐賀県競走会に対する前記交付金は委任事務の遂行に要する費用の弁償であつてその額も法定されている。それ故両者間の右委任関係は、一方が一定の私経済的仕事を完成し又は私経済的な労務もしくは貨物を供給し、他方がこれに対する報酬を支払うというような、経済的営利的取引関係ではないから地方自治法第一四二条の請負に該当しない。従つて佐賀県競走会の会長理事と唐津市長を兼職することを妨げない。

五、以上の理由により被告の本件裁決は違法であるから、該裁決の取消を求めるため本訴に及んだものである。

と陳述し、

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」という判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実中、当選の告知及び告示の時期を争う外その他の事実は認める。同二の事実は争わない。同三の事実中、原告が昭和二六年一二月佐賀県競走会の設立以来同会の会長理事であること及び原告が昭和自動車株式会社の取締役であつたことは認めるが、その他の事実はすべて争う。同四の事実中、唐津市がモーターボート競走法に基き自治庁長官の指定を受け同市議会の議決を経てモーターボート競走事業を行つていること、佐賀県競走会がモーターボート競走法に基き設立された公益法人であつて原告主張のような事業を行うものであること、唐津市がモーターボート競走法第三条の規定によつて行うモーターボート競走の実施に関する原告主張の事項を佐賀県競走会に委任し、勝舟投票券の売上金の一〇〇分の五に相当する金額を交付していることは争わないが、その他の点は争う。

二、佐賀県競走会はモーターボート競走の施行者である唐津市から委任を受けた事項を遂行し、その報償として前記交付金の交付を受けているのであるから、一定の報償を得て契約による業務を完成することを業とするものである。しかも同競走会の受くる報償は相等多額にのぼり、それは同競走会の収益であるばかりでなく、実質的にはその構成員たる会員に対し利益配当に類することを行つている。従つて同競走会と唐津市間の前記委任に関する契約関係は地方自治法第一四二条の請負に該当するものであつて、同競走会が右契約に基き行う業務は同競走会の全業務の主要部分を占めている。しかるに原告は当選の告示又は告知当時なお同競走会の会長理事の職にありながら、当選の告知を受けた日から五日以内にその職を有しなくなつた旨の届出をしなかつたので当選を失つたものである。従つて本件裁決は違法ではない、

と陳述し、

補助参加訴訟代理人は、

一、原告が当選の告知を受けたのは昭和三〇年五月一日である。原告は同月六日佐賀県競走会長として唐津市から勝舟投票券の売上金の一〇〇分の五に相当する交付金を受領し、又同競走会理事長江永近は同月二日全国モーターボート競走会連合会理事長滝山敏夫に対し、原告が佐賀県競走会長として唐津市長に当選した旨の報告をした事実があり、これらの事実からみても、原告がその主張の日に同競走会長理事を辞任したものでないことが明らかである。

二、仮に原告がその主張の日に辞任したとしても、その辞任による変更登記をしたのは昭和三〇年五月一六日であるから、該登記前に辞任したことを以て他人に対抗することはできない。しかも原告主張の辞任届は同競走会の会長を辞任するという届であつて理事の辞任届ではないから、地方自治法第一四二条の兼職禁止規定に触れるものである。

三、地方自治法がその第一四二条の規定を以ていわゆる請負関係の兼職を禁止したのは、市長を市と利害対立する地位から排除しその職務執行の公正を保障せんとする趣旨である。従つて同条にいう請負は民法上の請負とは必ずしも一致するものではなく、広く一定の報酬を得てその責任のもとに一切の権利義務及び損得が受託者に帰属する関係において、市の委託事務を遂行するものはすべて同条の請負をなす者に該当する。しかるに佐賀県競走会は唐津市から勝舟投票券の売上金の一〇〇分の五の範囲内の金額の交付を受け、同市から委託された事務を処理する責任を有し、その損得は同競走会に帰属し、又同競走会の事務運営の巧拙は勝舟投票券の売上高に消長をきたし唐津市に対しても重大な利害関係を及ぼすものであるから、両者間の委任関係は地方自治法第一四二条の請負関係に該当するものである、

と陳述した。

証拠として、

原告訴訟代理人は、甲第一ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証、第一五号証の一、二、第一六ないし第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一号証、第三二号証、第三三号証の一、二、第三四ないし第四〇号証、第四一号証の一ないし三、第四二及び第四三号証の各一、二、第四四ないし第五二号証、第五三ないし第五六号証の各一、二、第五七及び第五八号証を提出し、証人中島太、谷口武彦、増本久枝、諸岡庄治郎、江永近、門田宣子、松本康子、渕上春一、阿河節子、山下英市、宮崎芳郎、吉田正、岩本幸太郎、山口小文、久田秀雄、前田進、加勝正盛、中島増美、津々見弘樹、鹿江辰造、松尾正毅の各証言、検証及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の二ないし四、六ないし八、第一二号証、第一五号証の三、四、第一六号証の一ないし三はいづれも不知と述べ、その他の乙号各証の成立を認め、

被告訴訟代理人は、乙第一号証の一ないし八、第二ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八及び第九号証の各一、二、第一〇ないし第一四号証、第一五号証の一ないし四、第一六号証の一ないし三を提出し、証人緒方堯、宝蔵寺和人、真崎長年、池田武生、石井武、原毅、松尾正毅、浦田喜市、木村亮一郎、伊藤豊の各証言及び被告代表者原憲治の尋問の結果を援用し、甲第五ないし第七号証、第一〇号証、第一二号証、第一三号証の一、二、第一五号証の一、二、第一六ないし第二七号証、第二九号証、第四一号証の一ないし三はいづれも不知と述べ、その他の甲号各証の成立を認め、

補助参加訴訟代理人は証人浦田喜市の証言を援用した。

理由

原告は昭和三〇年四月三〇日執行の唐津市長選挙に立候補し、同年五月一日の選挙会において当選人と決定され、正確な日時はしばらくおき、その頃当選の告知及び告示がなされたこと、補助参加人は同月九日唐津市選挙管理委員会に対し原告の右当選の効力に関する異議の申立をしたが、同月二五日同委員会から異議を棄却する旨の決定を受けたので、さらに同月二八日被告に対し訴願を提起したところ、被告は同年九月二八日原告主張のような理由で、原決定を取消し原告の当選を無効とする旨の裁決をしたことは当事者間に争がない。

地方自治法第一四二条の規定によれば、普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体に対し請負をし、又は当該地方公共団体において経費を負担する事業につきその団体の長に対し請負をし、もしくはこのような請負をする法人の役員等になることができない。それは同条の規定自体並びにその立法上の沿革に鑑み、地方公共団体の支出金を以て自己の営業的所得となす者又はこのような法人の役員等の職にある者が、当該地方公共団体の長を兼ねるときは、その団体の長の地位を濫用して私利を図る恐れがあるため、地方公共団体の長をこのような私企業から隔離しその職務執行の公正を期せんとする趣旨に外ならない。従つて同条にいわゆる請負とは、報酬を得て一定の仕事を完成し又は事務を処理し、もしくは労務又は貨物を多少継続的に提供することを目的とする経済的ないし営利的取引契約を指称するものであつて、行政事務の委任のようなものはこれに該当しないものと解するを相当とする。もつとも行政事務委任の場合にも一定の報償を伴うときは、受任者が地方公共団体の長を兼ねることによつてその職務執行の公正を乱す恐れがないとはいえないが、行政事務の委任は特別の法令に基いてなさるるものであつて、これに伴う叙上の幣害を防止するには、国家行政組織法及び地方自治法による一般行政監督又は自主的監査もしくは特別法による行政監督にまたねばならない(国家行政組織法第一五条、地方自治法第七五条、第一五〇条、第一五一条、第一九九条、第二四六条等。特別法の例は少くないが、例えばモーターボート競走法第二三条ないし第二五条、同法施行規則第一九条、第二〇条、昭和二六年運輸省令第六〇号、第四条、第五条、第七条等)。

さて、都道府県及び自治庁長官の指定する市町村がモーターボート競走法に基き行うモーターボート競走は、同法第一条の規定によつて明らかなように、モーターボートの品質の改善、モーターボートに関する海外宣伝その他モーターボートの製造に関する事業の振興に寄与し、あわせて海事思想の普及宣伝と観光事業に資するとともに、地方財政の改善を図るために行うものである。すなわち、その事業は社会公共の福祉の増進及び地方公共団体の財政収入の増強を目的とし、いづれも公の目的のために行われ、その事業が直接に社会公共の福祉をも目的とする点からみれば一の公企業に属し、その事業経営は公の行政事務に外ならない。又モーターボート競走法第三条、第四条、第二一条、同法施行令第一条の各規定によれば、モーターボート競走会は運輸大臣の許可によつて設立されるモーターボート競走の実施を目的とする公益法人であつて、モーターボート競走の施行者たる地方公共団体はその行うモーターボート競走の実施に関する事務の一部、すなわち主として審判及び競技に関する技術的事項をモーターボート競走会に委任することができるし、これを委任した場合は法定の率を超えない金額をモーターボート競走会に交付しなければならない。

そうすると、地方公共団体がモーターボート競走法に基き行うモーターボート競走の事業経営が公の行政事務であることはすでに説明したとおりであるから、モーターボート競走会に対する右競走事業の実施に関する事務の委任は公の行政事務の委任を目的とする公法上の契約であつて、私法上の経済的ないし営利的取引契約でないこと明らかである。それ故前示説明の理由に照し、右委任は地方自治法第一四二条の請負に当らないから、地方公共団体からモーターボート競走法によるモーターボート競走の実施に関する事務の委任を受けたモーターボート競走会は、当該地方公共団体に対し同条にいわゆる請負をする法人に該当しないものといわなければならない。

これを本件についてみるに、佐賀県競走会はモーターボート競走法に基き設立されたモーターボート競走の実施を目的とする公益法人であつて、同法に基きモーターボート競走事業を行う唐津市から、該競走の実施に関する事務のうち審判及び競技に関する事項の委任を受けていることは当事者間に争のないところである。さすれば右競走会は唐津市に対し地方自治法第一四二条にいわゆる請負をなす法人に該当しないことは、前段説示の理由によつて明らかである。従つてこれと反対の見解にたつ被告の本件裁決は、爾余の争点について判断するまでもなく失当といわなければならないから、該裁決の取消を求める原告の本訴請求は正当として認容すべきものである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九四条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 小西信三 判事 岩永金次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例